「みんな、だいじょぶ？」
エアリスは、山盛りの干し草の上に座り込んだ。チョコボ舎は、見渡す限り干し草で埋まっていた。一時的な疲労にひれ伏す仲間達も、例外なく干し草にまみれている。
「何とか……」
手綱をチョコ房の柱にくくりつけながら、クラウドが言った。問題を起こした暴れ者を、ようやく取り押さえたところであった。
「ダークロンドは、いっつもこの調子だもんね」
エアリスは、チョコ房の中で荒い鼻息を立てている、金色の飾り羽根も見事な海チョコボに目を向けた。チョコ房の前にかけられた、名前、性別、出生年月日を書き込んだ札が、斜めに下がっている。
「ねえねえ、どーしても、こいつで行くわけ？」
「そうだ。ユフィ」
頭に被った干し草を払いながら、
「今回の長旅に耐えられそうなのは、ロンドしかいないんだ」
そう言って、クラウドはダークロンドの首を軽く叩いた。飼い主が手を振れてやることによって、気分を落ち着かせる効果を狙ったのだったが、見事に逆効果だった。
「心配だなー、こいつ、エアリスのいうことちゃんと聞くかなー」
ユフィは足下の藁屑を蹴飛ばした。側の積み重ねた古い干し草の山に、バレットが頭を突っ込んでいる。
「心配ないさ、俺も着いてくからな」
「クラウドも一緒に？」
「ああ。途中、また危ない目に遭わないとも限らないし。……なあ、エアリス」
「んー、なにー？」
髪についたゴミを取りながら、エアリスは振り返った。その後ろでセフィロスは、早くも他のチョコボにじゃれつかれていた。きらきら光る銀色の髪の毛は、彼等には相当興味深いものらしい。
「どうかな、俺も一緒に行こうと思うんだが」
「またボディーガードしてくれるって！」
ユフィが、特に元気よく言った。
「うん、ありがと……」
「おろ？ なんか乗り気じゃないね」
「そうかな？」
「ひょっとして、クラウドより、あっちの方が良かったりして？」
ユフィが指差した先には、必死にチョコボを振り払っているセフィロスがいた。
「そんなんじゃないよ！」
エアリスは、すぐさま否定した。
「それよりも、さっきの大丈夫か？」
クラウドがたずねた。ダークロンドが暴れ回った際に、エアリスは、敷き藁を頭から被ってしまったのだ。エアリスは、服の裾にまとわり着いた干し草を払い落とした。
「うーん、頭がなんか、すごいことになっちゃた。せっかく、きれいにしてきたのに」
エアリスは、手櫛で絡まった干し草を取りながら言った。やや襟足の上で髪をまとめ、リボンで結んでいたのだが、今は後ろ髪も全部解き、草を取り除くのに専念している。干し草を払い、再び髪を束ねると、今度は普段と同じツインテールの髪型にした。
「ヘンじゃない？」
鏡を見ていないので、髪型の決まり方に、少し自信がなかった。
「全然！ へーきだよそれぐらい」
ユフィは、笑いなから首を振った。
「ちょっと遊び毛があった方が、可愛くていいんじゃないかな？」
「そっかな？」
束ねた髪の尻尾を見ながら、エアリスは言った。
「おーい、クラウドー！」
ティファとシドが、チョコボ舎に駆け込んで来た。
シドは、相変わらず被空挺技師の服を愛用していて、ゴーグルとスカーフを手放していなかった。ティファは日差しを気にしてか、いつもよりもやや肌の露出を押さえた服装をしている。
「とっとと荷物まとめな！ 今日中に出発するぜ！」
「いえーい！」
「ユフィ！ 逃げないで荷物を積むのを手伝ってくれよ」
クラウドはそう言ったが、時すでに遅く、その姿はチョコボ舎にはなかった。ユフィは、シドの脇を素早く通り抜けると、風を残してどこかへと行ってしまっていた。
「ったく、しょうがねえなあいつは」
「済まない。シド、手伝ってくれないか」
「仕方ねえな。クラウド、そっちの方頼むぜ！」
シドが、煙草の火を踏み消して言った。
「いつまで寝てやがるんだ、バレット！ セフィロス！ お前も来い！」
ばさあ、と音を立てて、バレットが起きあがった。
引き剥がされた上着を着直しながら、セフィロスがチョコ房の前に駆けつける。
「ティファとエアリスは、今のうちに表へ」
「わかったわ」
エアリスとティファは、クラウドの言葉に従って、チョコボ舎を出て行った。
二人が外へ避難したのを確認したクラウドが、チョコボ舎の扉を閉めた。万が一脱走されたら、その被害は計り知れないからだ。
シドが叫んだ。
「そーら！ 第二ラウンドの始まりだぜ！！」
澄み渡る青空に、男達の雄叫びが響く。
グラスランド・エリア、チョコボファームより。
本日も、晴天なり──。 「──よお……何でこういうことになっちまったんだ？」
漂う紫煙。それを睨む、鋭い眼光。
「仕方ねえだろ。……もう決まっちまったんだ」
「けどよう……」
「誰かさんが、あんなこと言わなければ、こういうことにはならなかったんじゃねえか？ ええ？ バレットさんよお」
「んだとおー！！」
晴天の下に激しい火花が散った。何処までも広がる青い空の下にありながら、二人の間の雰囲気は険悪そのものだった。
レッドは、うろたえつつも、両者の顔を見上げていた。
「だってそうじゃねえか！ 元はと言えば、お前さんがくじ引きでエアリスに着いてく奴決めるって言い出したからじゃねえか！！」
「俺はなあ！ 間違ってもあいつには当たらねえって」
「じゃあなんで当たりくじを引いたのがセフィロスで、言い出しっぺのお前さんがハズレのくじを引きやがるんだ！！」
そうなのだ。バレットの発案で、エアリスに同行する者を、くじ引きで決めることになった。一人旅など論外なのはもちろんだが、かといって大人数なのにも問題がある。しかし、当たり赤い印がある干し草の茎を引き当てたのは、何とセフィロスだった。結果、バレットにとって、最も信用のならない人物が、エアリスに同行することになってしまったのだ。
「お……俺も心配だったんだ！ ……悪いか！」
「聞けば、元々クラウドが同行する予定だったそうじゃねえか、……余計なことしやがって」
「何だとー！！」
「おう！ やるってか！！」
「二人とも、ケンカはやめてよー」
年甲斐もなく張り合う男達の間に、レッドは割り込んだ。
「そーだよ、レッドの言うとおりだよ！」
さらに、ユフィも仲裁に加わった。
「別に、あいつに取って食われるって決まったわけじゃないだし、そんなにいうこともないんじゃないの？」
随分な言い回しだが、弁解してくれていることに変わりはない。
「けどなあ、ユフィ……」
シドが、後ろ頭を引っ掻きながら言った。
「ちょっとは信じてみたら？ あいつ、結構改心してるみたいだよ」
その時、草原の青草を蹴散らしながら、金色に輝く海チョコボが現れた。
「ごめーん、そこどいてー！」
全員が警告に従うと、二拍子のギャロップを刻みながら、目の前に金色のチョコボが駆け込んで来た。軽く足を踏み鳴らして止まったのは、旅支度を済ませたダークロンドだった。
丈夫な鞍と手綱を身に着け、長旅に必要なだけの荷物を、鞍の両側にくくりつけている。毛布に寝袋、食料、水の容器の他に、小物を詰め込んだトランクを乗せた姿は、まるで、雑貨屋の店先のようだ。
手綱を取るのはセフィロス。ジャケットにジーンズという服装とややミスマッチではあったが、愛刀の正宗をしっかりと携えている。
注意を呼びかけたのは、その後ろに座ったエアリスだった。
仲間達は、ダークロンドを遠巻きに囲んだ。
「本当に大丈夫なのか？」
バレットが言った。
「たいじょぶ、だいじょぶ。みんな、心配しないで」
エアリスは、そう言って笑ってくれたが、一部の仲間達の不安な面持ちは直りそうになかった。
「そうは言われても……なあ」
丁度、シドがそうこぼした時、クラウドとティファの二人が遅れて駆けつけた。
「ごめん！ 遅くなっちゃった」
ティファに続いて、クラウドが口を開いた。
「エアリスは？」
「うん、今来たところだよ」
ダークロンドも、自慢の鳴き声で返事をした。
クラウドは、視線をセフィロスに移した。
「ルートはさっきも言ったが、西と東、どの道を行くかは、お前の判断に任せる」
「わかった」
「俺達も準備が整い次第、ロケット村へ向かう」
「本当に、オレが一緒でいいのか？」
クラウドは、強く頷いた。
「エアリスを、頼む」
誰かが、舌打ちをした音がした
「自業自得だよねー」
ユフィが、バレットに向かって、わざと聞こえないように言った。
「あんだぁ？」
「なんでもなーい！」
そう言ってユフィは、ティファの隣に飛んでいった。
レッドは、尻尾を身体の脇に寄せて、その様子を眺めていた。尻尾の先端の炎を、風にさらすのは好きではなかったからだ。
その時、突風ともいえる南風が、草原を駆けていった。春特有の風は、草をかき分け、目に見える波となって押し寄せてきた。
「随分、風が強いな」
波がやってきた方向を見て、クラウドが言った
「雨の後だからな」
暴れ出したダークロンドの手綱を引きながら、セフィロスがそう答えた。
大荷物と二人乗りに不満があるのか、ダークロンドは、その場で何度も回転して、乗客への抗議を続けたが、セフィロスが強く手綱を引き、なんとか収まった。それでもまだ、喉を膨らませて唸っている。
「悪いが、そろそろ出発した方がよさそうだ」
セフィロスが言った
「ああ、今すぐにも走りたがっているみたいだしな」
「クラウド！ わたし、本当にだいじょぶ。心配しなくていいから！」
そう言って、エアリスが鞍の後ろの方で手を振って見せた。
「本当に、気を付けてな！」
「うん！」
三人のやりとりを見ている内に、懐かしい感覚が、レッドの胸の中に妙にうずいてきた。昔、クラウドや他の仲間達と一緒に、世界中を飛び回っていた頃と同じ気持ちがするのだ。しかし、あの頃はまさか、セフィロスと旅立つエアリスを見送る時がくるとは、夢にも見なかっただろう。
「済まないな、クラウド」
「いや。それよりも、本当に頼んだぞ」
セフィロスは、いったん手綱を緩めて、クラウドに頷いてみせた。そして、手綱を操り、ダークロンドの鼻先を草原へ向けた。
「気を付けて」
ティファが言った。エアリスが手を振って、それに答える。栗色の髪がなびき、風の中で光っている。
「よう、無茶すんなよ！」
シドの隣で、ユフィが大きく腕を振り回している。
「何かあったら承知しねえからな！！」
そう叫んだバレットに、セフィロスは言った。
「わかっている。今度は、オレがこいつを守ってやるさ」
レッドは、バレットの背中を見て、絶句しているか、唖然としているかのどっちかだと悟った。
セフィロスは手綱を引き、ダークロンドの腹を軽く蹴飛ばした。ダークロンドは、土を蹴り飛ばして鳴き声を上げると、羽を激しくばたつかせた。
大きく一声鳴くと、ダークロンドは、引き絞られた弓を解き放つように、草原へ飛び出して行った。後ろ足のバネを存分に使い、凄まじい加速をみせながら、地平線を目指して、アルミカップと鍋を派手に鳴らしながら疾走していく。両方の翼を羽ばたけば、今にも飛んでいってしまいそうだ。
草原の向こうに、その影が微かな黄色と茶の点になっても、仲間達は、ダークロンドが駆けていった方向を見つめていた。
ただ、クラウドだけは、セフィロスの一言に、ただならぬ何かを感じたのか、一人、風の中にたたずんでいる。
「だいじょーぶだよ、あんなの、冗談に決まってるじゃん」
そう言って、ユフィが肩を叩いた。
「……ああ、そうだな……」
小さな呟きは、風と共に何処までも澄み渡った蒼穹へ消えていった。
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