TheMissingWing

　出発時の諸々の騒動が吹き飛ぶほど、旅はすこぶる順調に進んでいる。その分、予定していた細かい日程は、殆ど無駄になった。
　チョコボファームを出発してから、山脈を越え、平野を疾走し、ダークロンドは、波の強い海原さえも駆け抜けていった。海チョコボの特性とはいえ、その脚力とスピードには驚かせられる。その上ダークロンドは、隙あらば手綱を振り払って、トップスピードぎりぎりで走ろうとした。
　セフィロスは、西側のルートを選択すると、あえてジュノンには立ち寄らずに、海岸線沿いに北上して海を渡ることにした。
　二人と旅の荷物を背中に乗せて、ダークロンドは、今、コレル・エリアを突き進んでいる。
　塩気のする風を浴びなくなって久しかった。
　太陽が、遥か山並みの向こうへ消えた。空が薄く宵闇に包まれたかと思うと、しばらくもしないうちに、深い藍色に染まっていた。
　今日もまた、ダークロンドの気まぐれのせいで、予定ルートを大きく外れた一日となった。
「ねえ、そろそろ、泊まる場所探そうよ」
　エアリスは言った。
　ダークロンドの速度を落として、セフィロスが振り向き、頷いた。
「向こうに森が見える。今夜はそこで休もう」
　そう言って、草原の先にある、黒い茂みのような森へ、ダークロンドを走らせた。森へ入った頃、辺りはすっかり闇に染まっていた。
　野営に適した場所を探して、さらに森の奥へ進んで行った。
　木々の感覚が狭まってきたので、セフィロスは鞍から降りると、手綱を引いてダークロンドを歩かせ出した。最初は邪魔そうに首を上下に揺すっていたが、少し歩くと、おとなしくセフィロスの後に着いてくるようになった。
　エアリスも手にランプを持って、一緒に歩くことにした。
　ほやの下に付いたコックを捻ると、灯心に緋色の炎が宿り、暖かな橙色の光が、木々の間を照らし出す。
　深い静寂が、森を包み込んでいた。虫や獣の声もしない。足下の枝が折れる音、茂みをかき分ける音が、余計に大きく聞こえる。
　湿気を帯びた、冷たい空気に囲まれていた。
　地表を踏みしめると、じっとりと重い、濡れた落ち葉が靴を包んだ。
「何処まで行くの？」
「もう少し進もう。ここはまだ──」
　途中まで言って、セフィロスは歩みを止めた。
　エアリスは、すぐさま駆け寄ると、前方にランプを突き出した。黄色の光が、闇色の森を照らし出す。
　５メートルほど先で、木々の連なりが途切れている。
「森が終わってる……」
「エアリス、ランプをこっちへ」
「うん」
　エアリスは、ランプをセフィロスに渡し、替わりにダークロンドの手綱を受け取った。暗い茂みの向こうに、セフィロスの姿が消えていく。
「どう、何かあった？」
　木々の向こうで、光がゆっくりと揺れた。
「道だ」
「えっ！　何？」
　エアリスは聞き返した。
「道の跡がある。早く来い」
　急かすような声だったので、エアリスは、思わず手綱を強く引っ張って、セフィロスの方へ走った。後ろの方から、くぐもった鳴き声と軽い金物の音がした。
　下生えを飛び越えると、そこで森はなくなっていた。大木のない地面が続き、そして、また木々が鬱蒼と連なっている。
　頭上には、一面の星。
　丈の短い草木に覆われていたが、確かに人の手が加わったことのある地面が、エアリスの目の前に現れた。
　一体、何処まで続いているのか、厚い闇のせいで見通すことはできなかった。
「何で、こんなところに道が……」
「恐らく、ここの運搬路に使われたのだろう」
　そう言ってセフィロスが、脇に突き立てられている倒木に手を当てた。倒木に見えたのは、崩れかけた古い立て札だった。
「なんて書いてあるの？」
「神羅、科学……研究所。１２」
　後はペンキが剥げ落ちていて、殆ど読めるところが残っていなかった。
「１２っていうのは距離のことかな」
「そうだろうな」
　セフィロスが言った。
「どうする？　建物が残っていれば、朝露ぐらいしのげそうだが」
　特に異論はなかった。エアリスは、第三者の意見もたずねてみることにした。
「ねえ、ダーク、どうしようか？」
　しばし、小首を傾げていたが、どうやらダークロンドは、セフィロスの提案に賛成のようだ。
　手綱を持つセフィロスを先頭に、二人は立て札に微かに残っていた矢印の方向へ、遠い日に捨てられた道を歩いて行った。