聞きなさい、エアリス……。

彼を行かせてはいけない…

ああ、神様、あの娘の大事な人を連れて行かないで……。

「よっ！エアリスっ！」
爽やかな掛け声にはっと振り返る。そして笑顔をつくった。
「ザックス！」
「相変わらずかわいいなっ、お前はっ。」
そう言ってザックスはエアリスの頭を撫でた。まるで子供をあやすような扱いにエアリスは赤くなりながらぷぅっと頬を膨らませる。見上げると、ザックスの後ろにいつもの顔があった。この世で最強と呼ばれるソルジャー。
「セフィロスっ、こんにちはっ。」
セフィロスは優しく微笑みながら黙って小さく頷いた。

ここは古い教会の中。エアリスが花を育てている場所でもある。エアリスと二人のソルジャーは花を囲むようにその場へ座った。
「とうとう明日かぁ〜〜。」
ザックスはひざに両手を置いたまま天井に向かって叫んだ。セフィロスが隣で苦笑する。
「大げさに言うな。すぐ終わる。」
「くすくす、そうだよ〜、たったの一ヶ月じゃない。」
エアリスもセフィロスに続いて笑った。
「だってよ〜。」
「これが済んだら晴れてお前達の婚姻式があるんだろ。」
セフィロスのさらりと流すように言った台詞に、エアリスとザックスは同時に真っ赤に頬を染めて俯いた。
「ん？どうした、二人とも、黙り込んで。」
くすくすと笑っているセフィロスにザックスとエアリスはばっと床に手をついた。
「セフィロスっ！」
「な、なんだっ？」
教会内に響いた二人の声に冷静なセフィロスもやや驚いてのけぞった。
「今までありがとうなっ！オレ、お前に迷惑ばっかかけてさ……。」
「どうしたんだ？急にあらたまって。」
エアリスも続いて口を開く。
「おまけに恋人のフリまでしてもらっちゃって…。」
セフィロスはまるで土下座状態の二人を呆気に取られながら見つめてポツリと言った。
「お前達……、似てきたな…。」
「んだと〜〜！人がせっかく礼してんのによ〜〜！」
ザックスはばっと顔を上げてセフィロスに飛びかかった。エアリスは何を勘違いしているのか赤くなっている。
「分かった分かった、今のは気にするな、だから離れろっ。」
「い〜や〜だ〜〜。」
エアリスは二人のじゃれあいを微笑ましく思いながら見ていた。そのとき何かがふと頭をよぎった。

―――行かせてはいけない…。

「ん…？」
エアリスは小さく首を傾げた。しかしその微かによぎった言葉は次の瞬間には忘れてしまうほどの早さでエアリスの頭から消えていった。
「ねえ、ニブルってどんなとこなの？」
抱きつかれたままのセフィロスがエアリスに言った。
「さあ…、そう言えばオレ達についてくるやつの故郷だとか言ってたか…。」
ザックスはセフィロスの首に腕を回しながらにーっと口元を上げた。
「なっ、エアリス、こいついい加減だろっ。皆だまされてるよなー。」
「うるさい、お前は黙ってろ。」
セフィロスはくっついているザックスを引き剥がそうとするが力だけは何故かザックスの方が強いらしく、何重に巻かれた輪ゴムのようにとれない。
「さっきの調査説明のときなんかさ、こいつ、腕組んですっげー真剣に聞いてるな…と思って顔覗いたら、寝てやがるんだぜぇ〜。ったく、やってらんねーよなっ。はっはっはっ。」
「あんなくだらん説明など子守唄以下だ。」
「ってよ、いっつもこんな調子なんだぜ、こいつは。」
「いい加減に離れんか。」
エアリスはくすくすと笑っている。
「お前まで笑うな。」
セフィロスは微かに頬を染めるとぷいっと横を向いた。そしてその顔は次第に真顔になっていった。
「エアリス……。」
「ん？なあに？セフィロス。」
セフィロスはエアリスの方を向くと、黙って片手をザックスの肩にあて軽く押した。ザックスも何も言わず離れる。言葉が無くともセフィロスとザックスは分かり合える。これが真の友なのであろう。ザックスも座り直し、顔を引き締めた。
「ど、どしたの、ザックスまでそんなこわい顔しちゃって。」
ザックスは一度小さく苦い笑みを作るとすぐにまた表情を固くし、セフィロスをちらりと見た。セフィロスは軽く目を伏せる。
「今回の調査……。どうも何かが引っかかるんだ。」
「何か…って…？」
エアリスは怪訝そうに眉を歪めた。
「つまり、はっきり言うと、どうして魔晄炉調査にこいつが行くのかってことだ。」
そう言ったのはザックスだった。セフィロスは瞑目して腕を組んだ。
「ニブルって強いモンスターが出るからじゃないの？」
「いや、そんなことではないんだ。分からないな…、何かが…気に食わない。」
「セフィロス…。」
エアリスは心配そうにセフィロスを見つめた。セフィロスならばきっとどんな強敵が現れても負けるようなことはない。それはエアリスも確信している。しかしどんなときでもまるで煮詰まったような顔をしているセフィロスは見たことがなかった。それだけに彼の見せる表情はエアリスにとっても不安を与えるのに十分だった。
「ザックス、セフィロスを守ってあげて……。」
ぽつりと出た言葉にセフィロスは顔を上げた。
「ああ、まかせとけって。」
「いや、いい。」
同時にでた言葉にザックスとセフィロスは顔を見合わせた。
「んだと〜〜〜！！」
「守らないといけないのはどっちだか。」
「せっかく心配してやってんのによぅ〜！」
「あ、あの、二人とも…。」
エアリスはまた始まった二人のじゃれあいを止めようと手を少し上げたが、やがてくすっと小さく笑った。
（大丈夫だよね。ザックスもセフィロスも。）

―――ダメ……。

（え……？）
先ほども聞こえた声。語りかけてくるのは心の中。しかしやはりエアリスが考えるにはあまりにも短い一瞬だった。
「じゃ、行くよ。明日の準備とかあるからさ。」
「明日見送りに行ってもいい？」
セフィロスは首を振った。
「いや、それはやめたほうがいいな。やつらに見つかる危険がある。」
「セフィロスいるのに？」
「こいつがいるからだよ、な。」
「あ、そっか。見送りが……。」
セフィロスは小さく笑って頷いた。が、その表情は何とも言えない、罪悪感にも似た顔だった。セフィロスがどこかへ出るということになると事は大きい。それが英雄の運命でもあるのかもしれない。明日の出発はおそらく神羅の兵が大勢見送りをすることだろう。
「じゃあ、ここでお別れだね。」
「エアリス〜〜、言い方間違ってるぜ、見送るって言ってくれよ〜。」
「そだね、ごめんごめん。」
エアリスは小さく舌を出して笑った。セフィロスもくすりと笑う。
「じゃあ…。」
エアリスは二人を見上げた。

―――止めて…！

「い…っちゃだめ……。」
「え？」
ザックスはエアリスの口から出た言葉に眉を寄せた。セフィロスも少し目を大きくしている。しかし一番驚いていたのは他でもない、エアリス本人だった。
「え、私、今…？」
「エアリス？」
空耳のように小さく出た言葉にザックスは首を傾げていたが、セフィロスは顔を覗きこむようにエアリスと目線を合わせた。エアリスを真っ直ぐに見つめる。
「大丈夫だ。心配するな。」
「セフィロス……。」
エアリスは涙を浮かべて頷いた。セフィロスのその一言はどんな言葉よりも安心できる。
「ザックス……、気をつけてね。」
「ああ、さっさと終わらせてすぐ戻ってくるよ。」
「うんっ、待ってる。」

ザックスとセフィロスは教会の扉を開けた。
白い光が二人のシルエットを創り出す。エアリスは眩しげに手をかざした。
「じゃあ、また。」
セフィロスが片手を上げる。
「行ってくるよ、エアリス。」
ザックスも手を上げた。
「早く、帰ってきてね……。」
エアリスは白い光に包まれながら消えていく二人をずっと見つめた。

―――神、様……。

その光とともに心の声も消えていった。

そしてまぶしそうに細めたエアリスの瞳から一筋の涙が頬を伝った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜