彼女ができました

「えへっ、練習場に来ちゃった。」
ピンクのリボンでキュッと髪を結んだ少女が入り口からひょこっと顔を覗かせた。ここは神羅ビルの中にあるいろんな階級のソルジャーたちがいつもトレーニングをしている場所。今日もそのフロアにはたくさんのソルジャーが訓練に励んでいた。
「すごいなぁ。私にもあんな力があれば・・・。」
「何で？」
「きゃっ！」
背後からの突然の声に驚いてふり返ると、自分にはとてもじゃないが持てそうにもない大剣を背負い、爽やかな笑みを浮かべている青年が立っていた。
「そこ、通るんだけど。」
見下ろされ、エアリスはさっと横へ引いた。
「あっ！ごめんなさいっ。」
「彼氏でもいるの？」
口元を上げながらにこやかに微笑む。訓練しているソルジャー達の誰かを言っているようだ。
「ううん、そんなんじゃないの。ただの興味本位ってとこ。」
青年はまた違った笑みを浮かべてエアリスに話しかけた。
「君、あれだろ？古代種。」
「どうしてそれを・・・？」
青年は腕を頭の後ろで組んでエアリスの隣へ並び壁へもたれかかった。
「くすっ。そんなのここにいる連中、みんな知ってるよ。知らないのはあいつくらいかな。」
エアリスはザックスを見上げた。かなり背が高い。その上筋肉もしっかり付いていてがっしりとしている。
「あいつって？」
ザックスは何でもないよ、とエアリスに微笑んだ。
「それより、さっきも聞いたけど、何でこんなヤローばっかりのところに来たんだ？あんまりうろつかないほうがいいぜ。」
エアリスは練習場をちらりと振り返った。近くのソルジャー達が何でこんなところに女がいるんだという目で見ている。エアリスはパッと目をそらした。
「そうみたいね、じゃあ・・・。」
「まてよっ！」
青年は行こうとしたエアリスの腕をつかんだ。
「っ！！」
エアリスは驚いて青年を振りかえった。青年は顔を歪めてエアリスを見つめていた。
「何でそんな目ぇ、するんだよ、ほっとけないじゃんか。」
指摘され、目を見開いた。エアリスの瞳がいつもどこか悲しみの色をしてることに青年はこのわずかな会話のときの中だけで見抜いていたのだ。
「な、なによ、それ。いつも通りよ、私。」
青年は口元を上げる。
「おいおい、オレを甘く見るなよ。だてにソルジャーでファーストやってるわけじゃあないんだぜ。あんた、ほんとはこの神羅から出たいんじゃ・・・。」
「・・・っ！ほっといてよっ！わ、私、もう行かなきゃ・・・っ！じゃあっ。」
しかし青年はエアリスの掴んだ腕を離そうとしない。
「まちなって。ふーん、そうだったんだ。ま、そうだよな、こんな退屈なとこ。オレも初めて来たときは興奮してたけどよ。」
この青年といると、不思議と気持ちが和んでくる。エアリスは肩を撫で下ろして青年の顔を見上げた。
「今はちがうの？」
「ん？うーん、まぁ、退屈じゃあないけどな、退屈しない相手を見つけたし・・・。」
くっと青年が含み笑いを浮かべた。
「え？」
「んあぁ、こっちの話。よし、じゃあな・・・。」
青年は、エアリスの耳元でこそっと囁いた。そして軽く片手を上げて歩き始めた。
「ちょっと5分待ってな。すぐ戻ってくるっ。」
そういって青年はどこかへ行ってしまった。
「うそ・・・。」
エアリスは頭が真っ白になっていた。青年が言った言葉…。
―――ここから出してやるよ。―――
しかしぶんぶんと掻き消すように首を振る。
（できるわけがない。そんなこと、出来るわけが…！）
エアリス自身も他人に言われるまでもなく、これまで何度もこの巨大な牢獄、神羅ビルから逃げ出そうと試みていた。しかし見張りは完璧で監視カメラもあらゆる場所に設置されていて逃げ出せる環境ではなかった。エアリスはもう数年外との接触はしていない。
「そうよ、無理なのよ…。期待なんか持たせないでよ、バカ…。」
エアリスはこつんと小さく壁に頭をぶつけた。

「よぉっ、セフィロス、相変わらず眠そうだなっ。」
練習場の更衣室で眉を寄せて座っていたセフィロスが青年をじろりと睨んだ。
「誰が何だって？遅いぞ。さっそく訓・・・。」
セフィロスが言い終わる前にぱちんと手の平を合わせ片目を瞑った。
「わりぃっ！ちょっと今日、だめなんだ。」
セフィロスはため息をつく。
「また女か？」
「人聞きの悪いこと言うなよ。ま、外れじゃないけど。な、古代種の女って知ってるか？」
「は？今度はどんな女をひっかけてきたんだ、まったく。」
（くすくす、やっぱりこいつは知らなかったな。強いくせに世間体にはうといんだからな・・・。だからほっとけねぇんだよ。）
「何か言ったか？」
青年は口笛を吹く真似をしながら腕を頭の後ろで組んだ。
「べっつにー。んじゃ、今日はそういうことでっ！またなっ。」
「・・・。」
セフィロスは走り去ってゆく青年の背中を呆れかえる目で追いながらため息をついてひとり練習場へと歩いていった。

「おまたせ。」
ドキッ。
エアリスはほのかに頬を朱に染めた。走ってきた青年の笑顔があまりにも爽やかだったからだ。
「ねぇ、ほんとなの？ここから逃・・・。」
青年は人差し指を立ててエアリスの口元にあてた。エアリスの顔が瞬時に紅潮する。
「しっ！隠れ通路知ってんだ。オレがよくさぼるときに使う極秘のルートなんだぜ。内緒にしといてくれよっ。」
青年はエアリスの両肩に手を置いてエアリスと目線を合わせるとパチンとウインクをした。不安になっていたエアリスの顔もだんだんほぐれていく。
「くすっ、なに、それ。変な人。」
「・・・・・・。」
「何？」
黙って見つめられて首を傾げるエアリス。
「・・・いや。初めて笑ってくれたなって・・・。」
青年は鼻の下に手をあてて照れるように笑った。エアリスも赤くなりながら再びくすっと笑った。
「んじゃ、行くぜ。」
「うん。あ、そだ。あなた、名前何て言うの？」
手を引かれながら聞くエアリスに青年は振り返り、爽やかに笑った。
「オレ？オレはザックス。よろしくなっ。」

それから二人は見事神羅から脱走し、しばらくは面倒見のよいザックスが手配してくれた小さなアパートにエアリスは滞在することになった。

そして数ヶ月後
「あんたっ！ザックスから手紙が来たよっ！」
「おぉそうかそうか…何々？父さん母さん、オレ、彼女が出来ました。今度紹介しに帰ります。」
「おやまぁ、息子ももうそんな歳かねぇ。」
「ほっほっ、きっとべっぴんさんじゃろうて。何せこのわしの息子が選んだ娘じゃからのぅ。」
「まぁ、あんたったら。ほほほ。」
そして二人はザックスからの手紙を見つめて優しげに瞳を細めた。
「元気でやってるようだねぇ…。」
「あぁ、元気でよかったよかった…。」

この手紙がザックスにとって最後の通信になろうとは、このときはまだ誰も予想していなかった…。もちろん、ザックス自身でさえも……。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　～～～～～～～～～終わり～～～～～～～～～～