極秘作戦Ｒ～スペキュラー擬人化のようなおはなし～

「襲う相手を間違えたようだな」
「は、はい、そうでした！」
　黒髪の少年に腕を背中にねじり上げられた男の口から漏れる悲鳴。
「リーゼ」
「ほいほ～い」
　リーゼと呼ばれた少女が無造作に買い物袋から取り出したのは拳銃。
　少年に投げる。
「死にたいのならすぐにでも叶えてやるが？」
　少年が少女の方を見向きもせずに片手で銃を受け取り、男の頭にごりごりと押し当てる。それと同時に、腕をねじり上げる手を少しゆるめてやる。
「すっすいませんでしたもうしません！　ですから命だけは！」
　たったそれだけで、つい先程彼らを暴力で脅し金銭を掠め取ろうとした不幸な男はこけつまろびつしながら逃げていく。
「……リーゼ、弾倉はどうした」
「あれ？　入ってなかった？　あちゃ～、袋の中に残ったままだったよ。ごめんね」
　少年が銃のグリップ部分を叩くとぽんぽんと乾いた音がする。本来発射するべき弾を入れる弾倉が入っていないのだ。
「でもさぁ、別に君ならあの程度の男銃がなくても良かったじゃん。だから僕ちょっと慌てちゃって」
「まぁいい」
　口ではごめんと言うものの、少女の顔は少しも悪びれたふうがない。
　少年も少年で、そんな少女の態度を少しも気にしていないようだった。
　二人ともだぼっとした服を着て、体形を見て取ることは難しいのだが。その容貌は子供から大人に変わる過渡期のそれであった。
「でもさ、あのおじさんも驚くよね、僕達二人が世間を騒がせたお尋ね者だと知ったら！」
「……お尋ね者は大声でそんな事を吹聴したりはしない」
「いいじゃん。実質的には軍に保護されている感じで、戦犯に対する処分とは程遠いけどさぁ。僕達が戦犯な事には違いないよ」
　青い髪の少女はそのまま続ける。
「でも銃まで持たせるかね、ふつー」
「弾を良く見ろ」
「あーっ、普通の弾かと思ったらこれ暴徒鎮圧用のゴムスタン弾じゃん！」
　少年に指摘された少女が弾を良く見ると、実弾ではなく、それは対象を殺さずに無力化する為のゴムスタン弾であった。ゴムと言えどもなめてはいけない。あたるとものすごく、痛いのだ。
「まぁいいや。僕の虫とレイヴンがいれば、怖いものなんてないない～♪」
　鼻歌を歌いながら買い物袋を振り回す少女見てため息をつきながら、少年は歩を進めた。

◆◆◆◆◆

　真っ暗でだだっ広い星の海に浮かぶ星のひとつ、惑星Ｚｉに大規模な戦乱が巻き起こった事があった。この星はその特有の環境下で強靭な金属生命体――ゾイド――を育み、人類は彼らを兵器として活用する術を心得ていたのである。
　古の惑星Ｚｉに繁栄した古代ゾイド人と呼ばれる人類は、その優れた技術力を戦争の為に費やし、強力すぎるゾイドを生み出した。死を呼ぶ魔獣と謳われる、デスザウラーである。
　荷電粒子砲を筆頭とする魔獣の数々の力は、たった一体で戦局を変えてしまう程であった。
　それ故に、魔獣は人の手の内におさまるものではなかったのだ。
　結局古代ゾイド人達は自分達が生み出したものに滅ぼされてしまったのだが、魔獣は長い時を
経て再び甦ろうとしたのだ。
　既に古代ゾイド人の都が滅び、主にガイロス帝国とへリック共和国という二つの国家が存在する惑星Ｚｉに破滅をもたらそうとしたのは二人の古代ゾイド人の生き残りと、ある野望を持った男、一人の帝国軍独立強襲兵であった。
　だがしかし、惑星全土を蝕もうとした災禍に敢然と立ち向かった少年と少女、そしてその相棒ゾイドがいた。金の髪を持つ少女の手を取り、少年は白銀の子竜と蒼き獅子と共に平和を守る為戦った。
　剣の獣王の二つ名を持つゾイド――ブレードライガーを駆り、デスザウラーを倒した英雄の名は、バン・フライハイト。
　『死を呼ぶ魔獣の災厄』の折、僅か十四歳の少年であった。

「おーいじいさん！　ディじいさんってば！　いるんだろ！」
　バンは声の限りに叫んだ。
「まったく、ディじいさんのやつ、呼び鈴くらいつけとけよな……」
　目の前の小さな住居が何の反応も返さないのを見て、バンはふてくされて地面を蹴った。
　彼は調子の悪いアタックブースターの点検をしてもらう為にここを訪れたのだが、住人に気付いて貰えないのであった。
　この場合、彼にドアを開けて勝手に入るという選択肢は無い。どうあっても中から先に出てきてもらう、というのが彼の思考パターンである。
「ごぁ、ごぅ」
「ああ、ジークが呼びに行こうかって？　ん～、別にいいや。もっといい事考えたからさ」
　バンは自分の後ろから話しかける白銀の子竜に、苦笑いをしつつ返事をした。
「ライガー！　ブースターの調子はどうだ？　やっぱ、まだダメか？」
　バンの声に応え、蒼き獅子がその背中に付加された細長い追加武装をがきょん、と動かそうとするが、いまいちうまくいかない。
　ライガーは小さく吼え、苛立つのかぶんぶんと首を振った。
　バン・フライハイトはティーンエイジャーの少年ではあったが、少尉階級を持つれっきとした軍人でもある。だから、どこかの基地で整備してもらっても良かったのだが。
　各基地のメカニック達は、惑星Ｚｉ屈指の科学者と名高いドクターディの『作品』に触れるのを遠慮したのだ。
　メカニック達の「やっぱこういう事は開発者に聞いたほうが」という言葉に従い、彼はドクターディのラボを兼ねた自宅に足を向ける事となった。別に火急の用というわけでもなかったし。
　しかし、出てこないとなれば無理矢理呼び出すしかない。
「じいさんを呼ぶのはジークじゃなくてライガーにやってもらおうかな。俺が合図したら、思いっきり大声で呼ぶんだぞ」
　そうライガーに言い置くと、バンは耳を手で塞ぎ、そそくさとディ宅の陰に。
「いいぞ、ライガー！」
　彼がそう合図したとたん。

「ぐぁぉぉおおおおおう！」

　凄まじい大音声が当たりに響き渡った。
　無論、それはライガーの吼え声である。ライガーにしてみれば少し大きな声でディを呼んだつもりなのであろうが、人間の耳にとっては騒音以外のなにものでもない。
「っかー！　なんだようるさいな！　どこの野良ゾイド……って、ブレードライガーじゃん」
　ドクターディが騒音に辟易しつつドアを開ける事を期待していたバンの前に、期待とは違う人物が現れた。
「リーゼじゃんか。なんでお前がここにいるんだよ？　じいさんは？」
　青い髪に青い服の少女。ジークの対であるフィーネを含めてもこの惑星Ｚｉに二人しかいない、古代ゾイド人の生き残りのうちの一人であった。『死を呼ぶ魔獣の災厄』の折、英雄の敵となって暗躍した彼女とレイヴンは、監視しやすいように、という事で一つ所に集められた。
　外出するには責任者――帝国軍第一装甲師団長、カール・リヒテン・シュバルツ――の許可が必要となる。
「じいさんなら今の騒音に頭を抱えてうめき声をあげてるよ。このじいさんの家に来るぐらいだったら
さ、シュバルツも結構簡単に外出許可をくれるのさ」
　リーゼの説明をぼけっとした顔で聞いていたバンは、ぽりぽりと頭を掻いた。
「まぁいいや。とりあえず中入れてくれ」
「別に。勝手に入れば？　僕の家じゃないし」
　バンはライガーにおとなしく待っているように言い、彼の後ろについて入ったジークが器用に尻尾でドアを閉めた。

「はぁ？　レイヴンのマヌケ顔を見たいだぁ？　そりゃムリってもんだろ」
「君ってば英雄のクセにそんなミもフタもない」
「英雄関係ないだろ」
　ディの家でバンは勝手にコーヒーを入れて飲みながら、自分の言葉に突っ込みを入れたリーゼの頭にびすっとチョップをかました。
　家の主人であるドクターディは、なんで今日に限ってうるさい子供が二人も、とぼやきながらジークと一緒に二人とは少し離れたところに座っていた。
「まぁそう言われてみれば、レイヴンってほんっと顔かわらねぇよな」
「そうそう～。レイヴンってば強盗に襲われても驚かないし、食料品店の安売りでどこかのおばちゃんに吹き飛ばされそうになってもさらりとよけるし、きれいなお姉さんに愛を告白されても眉一つ動かさないし、どこかの母親に赤ん坊の面倒みるように頼まれて、顔じゅうよだれまみれの手で触られても嫌な顔一つしないんだ。っていうか感情の起伏ってもんがない！」
　リーゼはレイヴンの日々の行動を詳細に語った。
「んで、なんでそれがじいさんの家に来る事になるんだ？」
「だってさ、ディじいさんって天才科学者として名高いんだろ？　だったら何かレイヴンのマヌケ顔を見るための妙案を考えてくれるかと思ってさ」
　リーゼはそこで自分で勝手に入れたコーヒーをごくりと一口。喉を潤した。
「でも、あんまり大した事なかったなぁ。あのじいさんならまともじゃなさそうだから、まともじゃないすごい案を考えてくれそうだと思ったのにな」
　心底がっかりした、という風な顔のリーゼをバンがけらけらと笑う。
「まぁそうだな。じいさんの発明品であんままともなものってないもんな。ブースターもいろいろ苦労したし」
「まともなものがないとはなんじゃ！　ワシは惑星Ｚｉ屈指の科学者と言われるドクターディじゃぞ！
大体さっきからええ若いもんが年寄りをいたぶりよって……」
　バンのあまりと言えばあまりの言葉に、ディは顔を真っ赤にして抗議したが、ガハガハと笑っている少年少女には聞こえていないようだ。
「キミにはなんかいい案はないの？　レイヴンのライバルで、星を救った英雄さん」
「あのなぁ、いくらライバルで英雄っつっても出来る事と出来ない事があるだろ」
「そこをなんとか！　超絶的にかっこよくて偉大でゾイドともばっちり通じ合っている、バン様っ！」
　ぎゃーぎゃーわめくドクターディとおろおろするジークを尻目に、リーゼはひたすらバンを褒めちぎり、なんとか協力を取り付けようとがんばった。
　あまつさえ普段の彼女なら絶対口にしないような言葉まで口走る始末である。
「お願いしますっ！　あの真っ黒ヤロウのマヌケ顔を見たいんです！　神様英雄様バン・フライハイト様っ！」
「んー、まぁそこまで言うなら協力してあげないでもないなぁ、リーゼ君」
　もともとおつむという点ではよく一緒に仕事をする帝国軍人、トーマ・リヒャルト・シュバルツに一歩譲るところのある彼である。それに、誰しも誉めそやされて悪い気はしない。
「こういう時はオンコチシンってやつだ。ご先祖様のお笑いアイテムを使うのがいいだろうな」
「オンコチシン？　ご先祖様の、お笑いアイテム？」
　頭上にはてなマークを浮かべたリーゼの前に、バンがディ宅の台所から勝手に拝借したパパオの実を差し出す。
「これがぁ？」
「いいから食えよ」
　にしし、と笑うバンに押し切られ、リーゼは包丁を取るべく席を立とうとした。悔しいことに共同生活をしているレイヴンより彼女の方が料理が下手なのである。レイヴンに馬鹿にした顔で見下される度になんとかまともなものを作らねば、と思っていたところではあった。
「あ～、違う違う。これはこうやって食べないとなぁ、お笑いアイテムとして使えないんだよ」
　バンはリーゼをソファに座りなおさせ、掌に収まると言うには少し大きめのパパオの実の突端に爪を立てて、つるりと皮をむく。
「ん、ちょっとすっぱいけど食べ頃だな。うまいうまい」
「うまいうまい、じゃないだろ！　　食べちゃってどうすんのさ」
「心配すんなって。使うのはこの皮だからさ」
「はぁ？」
　リーゼは再び頭上にはてなマークを浮かべる事となった。オレンジ色で少し厚め、内側がぬるぬるしたパパオの実の皮。これをどうやって使うというのか？
「例えば、これをこうやって足元に投げると……」
「投げると？」
　バンは無造作にパパオの実の皮を、いじけたディを慰めているジークの足元に投げた。
　ちょうどそこに移動しようとしていたジークの足が乗っかる。
「おぐぅ？」

どしゃっがしゃん！

　ジークが訝しげに唸った次の瞬間、大きな音と共にドクターディ宅はずしん、と震動した。
　ジークがパパオの実の皮のぬるぬるしたところで滑って、転んだのである。
「ぷっ……！　あっ、あはは、あは、あははははは！」
「昔、俺達のご先祖様はこうやってパパオの実の皮で転ばしあって遊んだらしいぜ。いや、それにしてもやるじゃないかジーク。見事なコケっぷりだ！」」
　涙を流して笑い転げるバンとリーゼに、暫くして起き上がったジークが、怒りの吼え声をあびせた。
「ごぁ、ごぅ、ぐぁぁあぁぁ！」
「うわ、ちょ、ちょっと待てジーク！　悪かった、俺が悪かったって！」
　怒り心頭の為かバンしか見えなくなっているジークの突進をさらりとかわし、リーゼはバンとジークがディ宅の外へ出て行くのを見送った。
「なるほどー、パパオの実にこんな使い方があったなんてねー。古代ゾイド人にはそんな習慣はなかったと思うけど……。まぁいっか」
　リーゼはしばし手の中でパパオの実をもてあそんでいたが、静かにそれをもとあった場所に戻した。
「心配しなくてもいいよ、これ貰っていったりしないからさ。じゃあね、ありがと、じいさん」
　リーゼが出て行った後、ディ宅の外では暫くバンの悲鳴とジークの雄叫びが聞こえていた。
　それに、がちんがちんという金属音や、びゅんびゅんという風きり音。
「ジーク、ほんとに悪かったって！　謝るからさぁ、機嫌直してくれよ」
「ごぁうぐぁぁぁ！」
「いやほんとすいません！　すいませんでしたジーク様！　ですからその物騒な顎をがちがちする
のだけは……ってライガー！　お前なに寝たふりしてるんだよ、少しは手伝え！」
　穏やかな午後を過ごしていたはずの老科学者は、外の喧騒にため息をついた。
　窓を開けて大声で叫ぶ。
「悪ガキども、もう二度と来るな！」

◆◆◆◆◆

　悪魔の申し子と、蒼い悪魔。同じ悪魔の二つ名を冠せられた少年少女には、保護している帝国軍から指示された労働に従事する義務があった。
　今日の彼――レイヴンの場合、戦後の復興の只中にある一つの村で、シャドーとジェノブレイカーを伴って瓦礫の撤去作業をする事。格闘兵装以外の武装が取り払われたジェノブレイカーはなんだかやけにすっきりとしていて、シャドーも融合合体した際の体の負担は少ないようだった。
　朝から夕方までジェノブレイカーの手や口や足、二本のエクスブレイカーで瓦礫を取り除いてまわり。ついでに仮設住宅の設置を手伝い、畑からゴミを放り出す。
　野良ゾイドから村を守る、ちょっとした防護装置なども手作りした。
　独立強襲兵だった頃には絶対になかった、笑顔で自分に感謝する人達に、眩しそうに目を細めた。
「リーゼ、今日は食い物を貰ったぞ」
「わぁー、おいしそう！　このカレーさっそく食べよう！」
　二人とそのオーガノイドが保護されているのは、レイヴンが子供の頃両親と共に暮らしていた自宅である。さすがにジェノブレイカーは軍預かりとなっているが、その他には拘束らしいことはあまりなかった。本当に自分達は戦犯なのかと時々疑いたくなる。
　レイヴンが帰宅し、村の人々から礼代わりに貰った食べ物をリーゼに渡すと、彼女は彼が想像したとおりにはしゃいで喜んだ。
　彼は少女の笑顔を目にする度、くすぐったいような、もどかしいような、奇妙な気分になる事を訝しく思っていたが。別にさして気にしてはいなかった。
　今日はそれよりも、もっと気になる奇妙な事があったからだ。
「リーゼ……あの食卓の上を占領しているパパオの実の皮と種はなんだ？」
「うぇっ？　いや、あれはその、えっと」
　レイヴンが食卓を指差して訊ねると、明らかに彼女はうろたえた。
「いや、あのね！　僕いつもレイヴンより料理がヘタクソだけど、今日は食事当番だし！　疲れて帰ってくるレイヴンに、パパオの実を使ったデザートでも作ろうかと思ったんだけど……失敗しちゃって」
「あんなにたくさん？」
「失敗するといけないから……たくさん買ってきたんだけど……結局全部失敗しちゃって、実とかもぐじゅぐじゅになっちゃって使えなくなっちゃって」
　何故か細かく切り刻まれたオレンジ色の皮の山のてっぺんには、包丁がぐっさりと突き立っていた。
　そういえば、家の中に入る前、何か地面を掘り返して埋めたような跡があった。
「こういうのを、芸術的な光景というのかもしれないな。よくは分からないが」
　レイヴンは呟くように言うと、手早く包丁と皮と種を片付け、食卓の上をきれいに拭く。
　貰ってきたカレーやその他こまごまとしたおかずを並べて、夕餉の完成である。
「ごめん、レイヴン。今日は僕が当番だったのに」
「お前、今日は随分としおらしいな？　……まぁいい。手を出せ」
「やだ！」
「早くしろ」
　レイヴンは救急箱を取ってくると、リーゼが背中に隠していた手を引っ張り出して検めた。包丁が彼女の意外に小さな手に作った傷の数と状態を調べ、手早く手当てを済ませる。
「今日は食事をしたらさっさと寝ろ」
「でも、」
「あの男を倒してから、お前と一緒にいるようになってから、俺には初めての事ばかりだ。毎日きちんと家に帰ること、自分以外の誰かの為に食事を作ること、他人の傷の手当てをする事。でも、別にそれがいやだという訳じゃない」
　ぼそぼそとそれだけ言うと、レイヴンはさっさと夕食を済ませ、シャドーのいる寝室に引っ込んでしまった。
「ねぇ、スペキュラー」
　残されたリーゼはカレーを口に運びながら、すぐ傍にいる蒼いオーガノイドに問うた。
「レイヴンってさ、誰かを慰めるのも初めてだよね、絶対」
　彼女の問いにスペキュラーはこくん、とうなずく。
「あれきっと、自分で慰めてるって気付いてないよ」
　リーゼはくすっと笑って、呟いたが。急に疲れたような顔をしてため息をついた。
「それにしても盲点だったなぁ……僕にパパオの実の皮がうまくむけないなんてさ。バンはあんなに簡単そうにむいてたのに」
　彼女はその台詞を、少し辛めのカレーといっしょくたにして飲み込んだ。

　リーゼはそれからも、レイヴンの目を盗みパパオの実の皮をつるりと剥こうと頑張ったが、どうしてもうまくいかなかった。
　パパオの実がダメならば他に何か代替品はないかと探したが、いいものは見つからなかった。
「大体、あんなものを足元に投げたからって、あのレイヴンが転んだりするわけないよねぇ。僕ってばなに考えてたんだろ！」
　ゾイドバカ英雄の考えることなどこの程度、などと自分で頼んだくせにリーゼはさんざんバンの事を罵った。
「でも他に方法思いつかないしなぁ。フィーネとシュバルツ弟の案もダメだったし」
　彼女は昨日の定期連絡の事を思い出す。
　定期連絡をしてきたシュバルツ大佐は、ちゃんと食べているか、仕事はしているか、などいつもの確認事項を聞き終わると、不思議な事を言った。
「やぁリーゼ。君はレイヴンのマヌケ顔見たさにいろいろ頑張っているそうだね。もしそれが実現できたら、是非私にも見せてくれたまえ。……というわけで今回は君に新しい助っ人を紹介しようと思う。君たち、こちらにきたまえ」
「はーい、フィーネでーす。リーゼ、久しぶり」
「元気にやっているようだな、リーゼ」
　シュバルツに手招きされて通信端末の画面の中に顔を出したのは、フィーネ・エレシーヌ・リネと、トーマ・リヒャルト・シュバルツの二人。
　バンのパートナーであるフィーネと、バンの仕事仲間でシュバルツ大佐の弟であるトーマの二人は、バンから今回の事を聞いた、とそれはもう嬉しそうに話した。
「あのおしゃべりめ。やっぱあいつなんかに聞くんじゃなかった」
　リーゼが向こうには聞こえないようにバンを毒づくと、フィーネが知ってか知らずか言葉を続ける。
「あのねリーゼ、これは私の経験なんだけれど、レイヴンのコーヒーに塩を入れてみるのはどうかしら。レイヴンもコーヒー良く飲むでしょう？　バンが前間違って私のコーヒーを飲んでしまった時があるの。あの時のバンの顔ったら……ふふふっ、今思い出してもとても面白いのよ」
「ああっフィーネさんステキです麗しくていらっしゃいますっ！　ああそうだった、レイヴンをびっくりさせる案だったな。なぁにそんな事簡単な事だ。この私がジェノブレイカーにちょちょいと細工すればさぞかし――」
「それはさぞかし面白いだろうね、シュバルツ中尉。でもなんだな、軍預かりのジェノブレイカーに何かあったら、レイヴンとリーゼは私の担当だからね。私の首が危ないかもしれない」
「はっ……す、すいませんでした兄さん！　気付きませんで……」
「シュバルツ中尉」
「はっ！　申し訳ありませんでした、シュバルツ大佐！」
　びっ！　と直立不動の姿勢をとるトーマに、その兄は苦笑するリーゼに言った。
「すまないが、トーマの案は却下という事になった。何とか頑張ってくれたまえ、健闘を祈る」
「期待しないほうがいいよ」
　ぷつっ。
　リーゼは今日の朝さっそくレイヴンが飲むコーヒーに塩をたっぷり投入してみた。
「リーゼ、このコーヒーはお前のじゃないのか」
「あっ、ごめん！　こっちがレイヴンのだった」
　彼女はマグカップを間違ったふりをして事なきを得た。でも、それで見られたのはレイヴンのしかめ面であった。
「しかめ面じゃないんだよなぁ～。それだったら別に見たことあるし……」
　頭を抱えてうんうんうなるリーゼ。ちなみに今日もレイヴンは帝国軍の仕事でいない。リーゼはレイヴンと比べてゾイド乗りとしての技量がそう劣るわけではない、と自負していたが。
　ゾイド乗りとしてのタイプはかなり違うので、レイヴンに来る仕事が彼女にも来るとは限らないのであった。

　ぷるぷるぷー
　ぷるぷるぷー

　その時、今まで沈黙を守っていた通信端末が可愛い鳴き声をあげた。着信の合図である。
「何？　誰？」
　ここに通信など入れてくる人物は限られている。彼女が不機嫌な顔のまま通信に出ると。
「よぉ、お嬢ちゃん。元気にしとるかね？」
「あれー、ドクターディじゃん。どうしたのさ？　この前は悪ガキども、とか言ってたのに」
「おや、そんな事を言ってもいいのかのぅ。レイヴンのマヌケ顔を見る為の良いアイディアを思いついたんじゃがのぅ」
「ほ、ほんと！」
　通信端末の画面の中、老科学者の声を聞いて、リーゼは驚きの声をあげ、彼女の足元で寝転がっていたスペキュラーもむくりと顔を上げた。
「ワシはもう耄碌しとるジジィじゃからのぅ。忘れてしまいそうじゃ」
「す、すいませんでしたドクターディ！　世界随一と名高いその頭脳から生まれた名案を、どうかこの私めにお授けくださいますようお願い申し上げますっ！」
「まぁ、分かればいいんじゃ、分かれば。嬢ちゃんが外出するとなれば、許可が必要になってしまうからの。わしがそっちに向かおうではないか」
「ご足労、痛み入ります」
「ワシの一大傑作を心して待つがよい！　はっはっはァ！」
　ぷつっ。
　通信が切れる音と共に、リーゼの口元ににやりと小悪魔的な笑みが浮かんだ。彼女の口は、目的の為ならどんな言葉でも紡げるようであった。

◆◆◆◆◆

「リーゼ……寝ているのか？」
　彼の卓抜した戦士としての感覚は、家の中に複数の気配が存在する事を告げた。一つは見知った少女のもの。もうひとつは――別の誰かのもの。
「ぐぅるる」
　仕事を終えて家に帰ってきたレイヴンの傍らにいる黒いオーガノイドが、低く唸る。
「いいや、俺が先に行く」
　懐から拳銃を取り出し、リビングを横切るレイヴンの後を、シャドーがついていった。
　シャドーを階下で待たせ、レイヴンは足音を殺して階段を上る。二つある寝室のうち、リーゼが使っている方から、規則正しい寝息が二つ聞こえてくる。
「寝ている……か」
　息づかいからそう判断したレイヴンは、階下のシャドーに頷いてみせる。がしゃがしゃと金属音を立てて、黒いオーガノイドが階段を上ってきた。
　シャドーはその黒く艶光る鋼の体、細長い尻尾をドアの隙間から中に少し差し込む。鏡があれば一番なのだが、あいにくとそんな持ち合わせは無かった。
「リーゼと……あれは誰だ？」
　やはり尻尾に映ったものでは良く見えない。レイヴンが意を決し、ばたん！　とドアを開けて中に踏み込むと、そこには――
「この女は、確か……スペキュラー、の……」
　部屋の中央に鎮座ましましているダブルベッド。昔レイヴンの両親が使っていたその上で、くぅくぅと寝息を立てているのは、姉妹のように良く似た二人だった。
　空色の髪を短く切りそろえた少女と、少女より少し年上の長い海色の髪を持つ女。二人の閉じた目蓋を長いまつげが縁取り、桜色の唇は軽く閉じられている。
「ああ、シャドー、いいぞ」
　ドアの隙間から鼻面を覗かせていたシャドーが、中に入ってくる。ベッドの上で寝る二人を見て首をかしげた。
「前にあっただろう？　お前達オーガノイドが、人間の姿になった事が」
　ため息交じりのレイヴンの言葉にシャドーはこくりと頷いた。
「またなんでこういう事になったのかは知らんが……」
　彼は疲れた、と呟いて絨毯の敷かれた床に座り込んだ。
「まったく、人騒がせな」
　がっくりと肩を落とし、のろのろ拳銃を懐にしまう。そんなレイヴンの背後から――
「ふにゃ……レイヴンじゃん、帰って来たんだー」
「やめろ！」
　人間の姿になったスペキュラーが、眠りから覚め、がしっとレイヴンの背中に組み付いた。
「リーゼ、レイヴン帰ってきたわよー」
　彼女がベッドの上のリーゼに声をかけると、むくりと彼女も起きだし、枕元をまさぐり、なぜか置いてあったカメラをつかむ。
「お帰りー、レイヴン。でも、もう逃がさないよー？」
　カメラを持って歩いてくるリーゼを見て、レイヴンの背に、何か言い知れぬ寒気がぞくぞくと走った。
　シャドーはおろおろとその辺を歩き回っている。
「さー、やっちゃいな、スペキュラー」
「りょーかい」
「な、何をする」
　つもりだ、と続けようとしたレイヴンの耳元で、スペキュラーが囁いた。
「おかえりなさぁい、レイヴンくぅん」
　魅惑的な囁きと共に、耳たぶをくすぐる熱い吐息。
「なっ……」
　レイヴンの耳はもとより、顔中やだぼっとした服からちらりと見える首筋まで真っ赤に紅潮したが、彼はそのまま黙ってじっとしていた訳ではなかった。
「させるか！」
「ひゃ！」
　スペキュラーの拘束を力ずくで脱し、今正にシャッターを切ろうとしていたリーゼの手からカメラを弾き飛ばす。
「シャドー！」
　放物線を描いて飛び、床に転がり落ちたカメラは主の意を酌んだオーガノイドの足でぐしゃっ、と
踏み潰された。
「あーあー。もう、何するんだよぉ」
　リーゼは満足げなシャドーの足を押しのけてカメラの破片を拾い、ため息をついた。
「お前こそ、それをどうするつもりだ」
「君ってばなかなか表情を変えたりしないからさぁ、驚いた顔とか見たいと思って。ダメ？」
　リーゼは顎の下で手を組み合わせる『おねがいポーズ』で、上目遣いにレイヴンの事を見上げ、そう言ったが。
「馬鹿馬鹿しい」
　彼はつまらなそうに言い捨てた。
「ノリが悪いねー、レイヴン。もしかしてスペキュラーよりも僕にしがみついて欲しかった？」
「スペキュラーの代わりに、お前がか？」
「うん、そう」
　レイヴンはきょろきょろ、リーゼとスペキュラーの事を見比べる。
「フッ」
「なっ……！　君ってば、何鼻で笑い飛ばしちゃってんのさぁー！」
「やめておけ、勝負になるわけないだろう」
「だから、何の勝負なのさ！」
「自分の胸に聞いてみろ」
「なんだよ、かっこつけちゃってさー！　覚えてろよッ！」
　目の端に涙を浮かべたリーゼが部屋から走って出て行ってしまうと。
「あんまりあの子をいじめないでくれる？　あれでも私の対なんだしー」
　レイヴンは自分の肩を叩いてくるスペキュラーに、意地悪く笑った。
「どうせドクターディの怪しげな発明品かなんかで人間の姿になったんだろうが、さっさと元にもどれ。
人間の食事は用意してないからな」
　寝室を出て行くレイヴンの後姿を見つつ、首をかしげ、スペキュラーは呟いた。
「あんだけ察しがいいのに、やっぱり乙女心には鈍いのねー。地かしら親の教育かしら」

◆◆◆◆◆

『リーゼ嬢から面白いものが届いた。見たいと思う者は集まられたし』
　シュバルツ大佐からこんなメールが届き。バンはわくわくしながら大佐の部屋へ向かった。
「リーゼから、って事は前の『レイヴンのアホ顔を見てやろう作戦』が成功したんだろうな、レイヴンのヤツ、どんな顔をしてるんだか楽しみ楽しみ」
　キシシ、と悪ガキそのものの笑みを浮かべながら、大佐の部屋のドアをノックする。
「バン・フライハイト少尉、呼ばれて飛び出ましたっ！」
「ああ、入りたまえ」
　バンが中に入ると、そこには見知った顔がたくさん。
「あれ？　アーバインじゃん。ムンベイに、ディじいさんに、ハーマンに、オコーネルまで！　トーマとフィーネは作戦に参加したからいいとして……随分たくさんメール送ったんだなぁ」
「楽しいことは皆で分け合わねばな」
　バンの言葉にフフ、とシュバルツは笑みを浮かべた。周りの一同も、ニヤニヤ、ニコニコ、ニタニタ、種類は違えど一様に笑みを浮かべた。
「フィーネ嬢、すまないがプロジェクタの準備を」
「はーい」
「あたしも手伝うよ」
「フィーネさんっ！　お手伝いさせてください！」
　シュバルツ大佐の通信端末に届いた問題の画像を大きく映し出す為のプロジェクタ。フィーネと、ムンベイと
トーマが用意するのを一同は嬉々として見守った。
「では、シュバルツ大佐、どうぞ！」
　いつの間にやらマイクなど握ったムンベイの言葉で、シュバルツが投影のスイッチを押す。
『はぁーい。今回の僕の作戦に協力してくれた皆さん、ありがとー。ご協力頂いた甲斐ありまして、見事に目的のブツをゲットするのに成功いたしましたー』
　大きく映し出されたリーゼの顔。彼女はにっこり笑って手を振った。
『ダミーカメラと、僕とスペキュラーの迫真の演技でさすがのレイヴンも隠しカメラに気付かなかったみたいで
ねー。あーはっはっは、愉快痛快とはまさにこういう事を言うんだろうねー』
　涙が出るほど大笑いするリーゼを見て一同は苦笑。
『では、これが目的のブツです～。当初の目的の「驚いたレイヴン」じゃないけど、「照れてまっかっかになっちゃったレイヴン」をどうぞお楽しみくださいませ。ではでは、ご協力ありがとうございました。リーゼでしたー』
　リーゼが手を振って別れの挨拶をすると、その次に画像。
「うわっほんとまっかっかになってる！　あの子もこんな顔すんのねぇ」
「レイヴンってば、可愛い」
「やはり彼も人の子というやつですね。微笑ましいです」
「レイヴンもな、軍に来たばかりのまだ小さい頃は、少しは可愛げがあったのだが……大きくなってからはこういう所は無くなってしまったのかと思っていたよ。いやはや、まだあったのだな」
「俺は今からあいつをどうやってからかってやるか考えておくことにする。邪魔するなよ、アーバイン」
「何を言ってやがんだハーマン。あいつをからかうのは俺が先に決まってる」
　場に悪魔の申し子を優しく見守る、生暖かい空気が満ちた。
「ドクターディ、レイヴンに背後から抱きついているあの女性は誰ですか？」
「おお、そういえばトーマは知らんかったか。あの別嬪さんはな、ワシの発明品で人間の姿になったスペキュ
ラーじゃ」
「俺は見たことあるけどな。シャドーが人間のかっこになったのもみたし。オーガノイドが人間になった時の年齢ってどうやって決まるんだろう？」
　バンが首を傾げると、ディが高笑いして答える。
「ワシも科学者じゃ！　死ぬ前には解明して見せるわい」
「じゃあ無理だな無理。あームリムリムリムリ」
「なんじゃと！」
「まぁまぁ。その偉大なる人化の秘薬の名前はなんと言うのですか？　それに、オーガノイドじゃない普通のゾイド達にも効くのですか？　副作用などは……」
　アーバインの言葉に怒ったドクターディをなだめたオコーネルの言葉に、ディとオコーネル以外の人間が静まり返った。
『言っちまったよ、こいつぁ』
　一同の顔にはそう書いてあった。
「良くぞ聞いてくれたオコーネル君！　ワシを正当に評価してくれるのはもう君だけじゃぁー……。というわけで、このすばらしき発明品の名前を教えて進ぜよう」
「はぁ」
「その名も『変わっちゃうんです』じゃ！」
「……………………………」
　ドクターディの言葉に、オコーネルすら沈黙。場に極寒の極地のような寒々しい空気が満ちた。
「えー、ドクターのお言葉では、発明品の名前は『人化の秘薬』というそうです。神秘的ですばらしい
名前ですね」
「おおー、オコーネルあんたいいこと言うわねー」
「お前のような男を部下に持って、私も鼻が高いぞ」
「ハーマン大佐っ」
「オコーネルっ」
　熱く漢の抱擁を交わす二人に、ドクターディは叫んだ。
「この、うらぎりものぉぉぉ！！」
　しくしくと悔し涙を流すドクターディを尻目に、バンはぼそりと呟く。
「うーん、でもレイヴンのやつも結構羨ましいかもなぁ」
「あん？　どうした、バン」
「だって、ほら、人間になったスペキュラーって結構……だろう？」
「あーそうだなー……俺も出来るならされてみてえと思わないでもない……って、バン、お前も大きくなったなぁ。アーバインお兄さんは嬉しいぞ。腹筋割れただけじゃなかったんだなぁ」
「なんだよアーバイン、お前だってやられたいくせに！」
　アーバインにこのこのぅ、と突っつかれるバンの耳元に囁き。
「バン、スペキュラーが結構、何なの？」
「へ？　結構何なのってそりゃあ決まってるだろ、む」
　バンが台詞を続けようとした時、びすっと頭に衝撃。アーバインがチョップをかましたのだ。
「なんだよアーバイン……」
　痛ぇじゃねぇか、と文句を言うバンに、アーバインの口が「ば、か」という形に動く。
「む、って何なの？　バン」
「どわっ、ふぃ、フィーネ」
　バンの背後で、ニコニコ笑っているのはフィーネだった。だが、しかし。
「む、って何なの？」
　先ほどの質問を繰り返すフィーネの背後に、言い知れぬ鬼気とか、後光とか、オーラとか、そんなようなものが漂っている気がして、バンはたらりと冷や汗を流した。
　なんというか、コワイ。
「いや、その、む……っていうのはだな」
　じりじりじりじり、フィーネに気付かれないように遠ざかり、バンはがしっとアーバインの服を掴んだ。
「アーバイン、何逃げようとしてんだよ」
「俺はお前と心中する気はねぇよ」
「なっ……そりゃあ確かに俺短い人生を終えそう、なんて気がちらっとしたけど。確定なのかよ！」
「しょうがないだろ。おとなしくフィーネに成敗されろよ」
「やだよ！　っていうかなんで俺フィーネに成敗されないといけないんだよ」
「わかんねーのか？　さっき大きくなったなって言ったけど、撤回な」
　アーバインはそう言うと素早くバンの手を服からはずし、逃げにかかる。
「逃がすかアーバイン！　何がなんだかよく分からないけど、こうなったら一連托生だっ！」
「何しやがる、離せバン！」
　くっついたり離れたり、もめるバンとアーバインの元へフィーネがやってくる。
「ばーんー？　む、ってなんだか教えてくれるかしら？　フィーネの、お・ね・が・い」
「ちっ、しょうがねぇ！」
　バンにがっしり掴まれて離れられないアーバインは、最後の手段を使う為口を開いた。
「フィーネ、バンはな、さっきのレイヴンみたいにお前にぎゅーってして欲しいんだとよ」
「へ？」
「じゃあなバン！　俺はサイクスが待ってるからよ」
　ぼけっとしてして思わずアーバインの服を離してしまうバン。彼はそそくさと逃げていく。
「なぁんだ、バンったら。早く言ってくれればいつでもしてあげるのに」
「えっと、いや、そのぉ……」
「ふぃ、ふぃーねさぁーん……」
　フィーネがにこにこ嬉しそうに、バンの腕にしがみついているのを見たトーマが寂しそうに呟く。
　カール・リヒテン・シュバルツ大佐は、そんな弟の肩をぽんぽん、と叩いて慰めたのだった。

おわり

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